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追記その1.青菜は上海にあり

上海には青菜が豊富にある。
青菜とは、ここでは葉っぱもの野菜を意味する。秋冬春の涼しい時期は陸上の葉っぱものが多く、梅雨のころから夏の終わりまでの暑い時期は水生の葉っぱものが出てくる、。市内のあちこちにある野菜市場に行けば常に5〜6種類は上海近郊で栽培された青菜が見つかる。それは土がついたままか、あるいは水で軽く洗っただけで、包装などせずそのまま売られている。つまり冷蔵庫には一度も入っていない新鮮な状態。日本人が冷凍の魚を刺身で食べないように(一部マグロなどを除いて)、中国人は冷蔵庫に入った青菜は食べない。
日本人が海外に長期滞在すると、魚と米はやっぱり日本が美味いことを知ると思う。消費者の要求するレベルが高ければ、漁師さんの魚の扱いからして違うので、魚が良いのはあたりまえなのだけれど、そのありがたみは海外に住んでみないとわからない。
上海を離れてしばらく時間が経った今、上海は青菜が美味いということを改めて知って、そしてここに書きたくなったわけだ。
青菜の豊富なのは、長江の河口デルタ地帯というのが関係しているらしい。かつて太古の時代から大河があふれ出すたびに運んできた細かい粘土質の土は栄養たっぷりでしっとりとしていて、青菜の根はそれを好んで元気に育つ。海の方からの水の圧力で行き場を失って枝分かれした水流がいたるところに小川や沼地をつくる水郷地帯は、多種多様な水生植物を育む。そして上海にその新鮮な青菜が届くのは、おそらく1970年代の政策で、都市を取り囲むように近郊農業を発達させたことによる良い点が残っているのだと思う。
一方で、トマト、茄子、玉ねぎ、ジャガイモ、ピーマンなどやや乾燥した土の好きな野菜は育ちすぎるせいか水っぽくて味がない。もしも上海で美味しいトマトが食べられたなら、それは遠くの雲南省とかそのあたりの高地栽培のものだ。だから上海ではトマトの作れない冬のほうが、かえって美味しいトマトが食べられたりする。
青菜はちょっと気難しいところがあって、家庭料理には使いやすいが、レストランでは扱いの難しい食材となる。青菜の味は季節や鮮度や天候までもが大きく左右するので、仕入からして毎日調整する必要があり、肉料理や豆腐料理のようにいつもと同じ味が再現しにくい。安い料理の割に手間がかかる。やわらかく細かい葉を洗って、悪いところを取り除く時間のかかる下ごしらえは、出稼ぎの労働者の賃金が年々上昇してゆく上海では、レストランにとっては稼げない料理となる。
レストランで美味しい青菜料理に出会えるかどうかはそのときどきの勝負となるが、どんなに高くても数百円の安い料理なのだから、とりあえず季節のを1〜2皿頼んでみてほしい。
青菜料理を過去の記事からちょっと検索してみた。
小菠菜粉絲肉片湯
腐乳空心菜
臘肉炒蒜苗
芦蒿炒肉絲
清炒紅菜苔
西洋菜香敍絲湯
清炒金絲芥
ふりかえってみると、ひとつ失敗がある。青菜料理の代表格である「香攤攷粥廚慮Φ罎鬚靴討い覆い里傍ど佞い拭「馬蘭頭」も研究するべき青菜のひとつだった。これは日本に長期滞在しながら、イワシ料理を勉強しないのと同じことになるかもしれない。
よい青菜料理を食べるために、もうひとつ書いておかねばならないコツがある。レストランでオーダーするときには「不要放味精鶏精」と告げて、アミノ酸化学調味料を使用させないことが肝心だ。どの青菜も同じようなベッタリした味になって素材そのものの風味が台無しになる。
ついでに注意する点として、レストランの服務員の短期的な記憶力は15秒である。オーダーを聞いて厨房に注文を出すまでに別の席の客に呼び止められたりして15秒以上かかった場合は、もう一度「不要放味精鶏精」と軽く念を押すほうが良い。
レストラン選びでは、バターなんかで炒めようとするヌーベルオシャレ上海料理はダメ。そういうレストランはフランス租界のしゃれた建物に入っていて、看板料理にフカヒレやアワビがある。
上等な本物の料理人であれば、干しエビ、干しアミエビ、干し貝柱、干し貝、干し蟹、小魚の干したもの、魚醤、腐乳、豆味噌、鶏ガラスープ、豚骨スープ、渡り蟹、各種漬物汁、生姜汁、ニンニク汁、ゴマ油、ピーナッツ油、ネギ油、など伝統の調味料を使い分けて、その時のその青菜のコンディションにベストな味付けをしてくれるだろう。火の通し具合も、青菜それぞれの歯ごたえや香りの立ち方が計算されていることだろう。ピタッと決まった青菜料理はまさに芸術品で、飽食の時代に飢えを忘れた人々にも、食の喜びと希望を蘇させる。
しかし、すばらしい青菜料理の出せるレストランを見つけたら、残念ながらそこはすでに経営危機にある。季節の色彩や料理人の心意気を青菜に見つけることのできる客が減っているからだ。美味しい青菜料理に出会ったら、ぜひそれを褒めてほしい。それが料理人に聞こえたら、料理人は自分の腕に自信を取り戻し、仕事に誇りを感じることができる。(2010年6月)


あとがき

ブログの更新を終わることにした。
もったいないと友人から言われるけれど、もう十分だ。いろいろ試したし、満足している。それにもうネタが少ない。場所を変えて、四川や広東への展開という案もあるけれど、すぐには無理だ。生活もあるし・・・というわけで、いったん終了させることにした。
上海のお昼ご飯!の意志は、「プーアール茶.com」が受け継ぐ。このブログで学んだことを活かしてゆく。
「麻辣火鍋」や「薬膳スープの素材セット」のレシピ情報は、このブログではなく、それぞれのページに更新するつもり。お茶についても同様。
このブログは、過去の記事を検索しやすいようになっている。例えば、豆腐料理を知りたければ、「豆腐料理」のカテゴリーで検索できる。9月の季節料理を知りたければ、過去の2005年〜2007年の9月の記事で検索できる。「腐乳」を使った料理を知りたければ、キーワード検索で「腐乳」とタイプすれば良い。だから、料理好きな人はこれからも活用してほしい。
ところで話は変わるが、最近になって、漠然と心にひっかかっているテーマがある。ちょうどそんなときにピッタリの本を読んだ。
『梅原猛の授業 道徳』 著者:梅原猛 朝日文庫
身近なところで、食べることの「道徳」や「美徳」を考えさせられる出来事が多くなっている。自分の考えを改めずに、このまま逃げ切るわけにもゆかなくなっている。これからの時代に、ほんとうに良い料理や食事とはどういうものか、生活とは、仕事とは、・・・そんなことをじっくり考えてみたい。そういう自分の道徳はどうなのか?と問われる恥ずかしさに堪えて、食の道徳を真っ向から語れるようになりたい。
本日のお茶は「7542七子餅茶99年無内飛プーアル茶」



十全大補湯・水の量を変更

十全大補湯のレシピの、水の量を変更。
1リットルから1.5リットルへ。
土鍋の形状によっては、水の蒸発が多く、出来上がりのスープの量が少なくなりすぎる。とくに、いわゆる日本の鍋料理に使われる底の浅いタイプや、少し大きなサイズの土鍋を使う場合は、蒸発が早い。
十全大補湯
煮込む途中でスープの量が少なくなりすぎる場合は、水を足していただきたい。
【十全大補湯・薬膳スープの素材セット】

鹵水蛋

醤油と骨頭(とんこつ)抜きで鹵水をつくる。
個性のある味を求めて、いろいろ差し引いていって、この香り、この味こそが、鹵水の中心なんだというのを見つける。その中心になる香りと味をつくる漢方スパイスは、ほんの3〜4種類かと思うが、いまは17種類使っている。「十全大補湯」「麻辣火鍋」「肉骨茶」にもたくさんの漢方スパイスを使っているが、それらの味の個性の中心となるのも、やはり3〜4種類である。その3〜4種類を見つけないことには、はじまらない。
鹵水
鹵水
醤油を抜いたせいで、色は薄くなったが、味は濃い。そのまま飲んでみると、顔をしかめるほど塩辛い、苦い、えぐい。とてもじゃないが、これで肉や豆腐を煮て美味しくなるとは想像できない。コックさんの言うには、塩水鴨の漬け汁もこんな感じらしい。
鹵水蛋
鹵水蛋(鹵水の煮卵)
鹵水はそのまま使うだけでなく、鹵水をベースにして香りや味を足しても良い。鹵水を小鍋に移して、茶葉蛋にならって、茶葉(鳳凰金毫沱茶05年)を足した。いわゆる弁当に入っている、なんともいえない漢方風味のある煮卵になった。
鹵水猪舌頭
鹵水猪舌頭(豚の舌の鹵水煮)
鹵水の味を比べてゆくために、これは毎回つくる。個性が強すぎて、美味しくない鹵水を目指しているにしては、美味しすぎるのができた。醤油を入れていた前回よりもこのほうが美味しい。しかし、向かっている方向は間違ってない。
前回のと今回のでは、今回のほうが美味しいとする価値観の、そのルートをたどってゆくと、食べるということの美徳や道徳に触れることになりそうである。いまいちどそこを見直したい。
豆鼓炒扁豆腐竹金針湯
豆鼓炒扁豆(レンズ豆の豆鼓炒め)
腐竹金針湯(乾燥ゆばとえのきのスープ)
7542七子餅茶99年無内飛
本日のお茶は「7542七子餅茶99年無内飛」
夏前から薬膳食を続けたせいか、体の調子がよい。朝は早起きして、すぐに湯を沸かして、エアコンなしで汗をかきながら熱い茶を飲む。それからシャワーして着替える。これがまた気持ちよい。そのまま一日気持ちよく過ごせる気がする。お茶は、茶葉にちゃんと力のあるやつを、体感となって効果の現れるやつを選ぶべし。そうでないと意味が無い。

鹵水猪舌頭

さっそく友人を呼んで、鹵水の料理を食べてもらった。
そしたら、「美味しい美味しい」と言ってパクパク食べていた。これではダメなんだ。美味しかったらよいというものではない。料理は、その味の与える印象も大切で、ときには美味しさが邪魔することもある。美味しさを犠牲にしてでも、はっきりとその料理に対する考え方を、個性ある味で表現したほうが良い場合もある。
鹵水
鹵水
鹵水豆腐
鹵水豆腐(木綿豆腐の鹵水煮)
考え抜いて、なんども試した結果、われわれはこの料理をこういう味であるべきだと思うのです!ということを、言葉ではなく、味で表現するのだ。味に込める想いは、われわれの未来への希望であり、全人格をかけた思想である。そのような主張がはっきりするほど、嫌いな人もでてくるだろうが、そのような人たちにも、思想の存在が伝われば良い。そのほうが、思想なき美味しい料理よりは、よほどましなのだ。
鹵水猪肚
鹵水猪舌頭
鹵水猪舌頭(豚の舌の鹵水煮)
しかし説明が面倒なので、ひと言だけ、「もっと美味しくない鹵水にしてください」と言ったものだから、コックさんは固まった。その表情は、遠く地平線を見ていた。
次にやるべきことはわかっている。すでに炒飯で経験しているように、引き算から入る。つぎは醤油も骨頭(豚骨)も使わずに、塩と酒だけで鹵水をつくってみる。
苦瓜炒蛋山薬蛤蜊湯
苦瓜炒蛋(ニガウリと卵の炒めもの)
山薬蛤蜊湯(アサリと長芋のスープ)
五橋
清酒 五橋 山口県酒井酒造
後ろの白いのは、自家製どぶろく二段仕込 
プーアル茶
仏教
本日のお茶「同興號後期圓茶70年代」
『梅原猛の授業 仏教』を読みはじめているが、やはりいい。自分の食や生活に対する考え方にも、知らないうちに仏教が生きているようだ。食べることや料理について、ときどき人と意見が合わないときがあるけれど、なぜそう思うのか、自分でもわからなくて、うまく説明できないことがある。そのへんがはっきりするかもしれない。宗教は選ぶこともできるけれど、食や生活の観点でみるなら、生まれ育った土地の宗教が良さそうだ。過去に経験したことのすべてが繋がって、この先するべきことが見えてきそうな予感がする。

鹵水

いよいよ鹵水の研究に入る。
鹵水とは、塩、醤油、酒、生姜、十数種の漢方スパイスと、豚や鶏の骨を煮出してつくる、出汁とタレの間くらいの濃さの、一種の調味料。それを大鍋にたくさんつくっておいて、小鍋に分けて、鴨や豚や牛の臓物類、豆腐類などを煮たり、あえたりする。その料理は、発祥の地の潮州料理を含む広東料理の代表的な冷菜になっている。冷菜というポジションが、この調味料の特徴の表れているところだろう。
高良姜
山奈
骨頭
昔は、みんな暇な時間がたっぷりあって、自分達で十数種の漢方スパイスをそろえて、独自の配合と煮出し方で、家庭や店の味をつくっていたようだが、忙しくなるにつれて、手間ひまをかけなくなって、独自の味を守りぬいている家庭や店は減る一方。スーパーには簡単な化学調味料入りの鹵水の素がめちゃくちゃ安く売られているし、レストランは業者がまとめて量産したものに、ちょっと風味を加えて味を濁している程度が多い。便利さと安さを過剰に求めた量産品は、われわれの口には合わない。
葱油面
葱油面
今日の鹵水は17種類の漢方スパイス。高良姜や山奈が初登場の素材で、それ以外は、「十全大補湯」「麻辣火鍋」「肉骨茶(バクテー)」ですでに登場しているもの。さらにまだ3種類ほど気になる素材があって、それについては手配中である。
豚の骨頭を茹でて洗って、生姜と、中薬包に入れた漢方スパイスを大鍋に入れ、水を足して数時間煮込む。途中で塩、醤油、酒を足す。その後も数日間にわたって、何度も火を入れて、足りなくなった水や漢方スパイスや調味料を注ぎ足して、なくなるまで使う。
本日の具の鴨珍(鴨の砂肝)は、いったん茹でたのを小鍋に分けた鹵水で1時間ほど煮る。腐竹(乾燥した湯葉は)は、水に2時間ほど浸けて、茹でてから、小鍋に分けた鹵水にちょとだけ火を通してあえる。くれぐれも煮込んではいけない。
鴨珍鹵水鴨珍
腐竹鹵水腐竹
鹵水鴨珍(鴨の砂肝の鹵水煮)
鹵水腐竹(乾燥湯葉の鹵水あえ)
どちらも上出来。普通のご飯のおかずになるが、それではつまらない。もっと尖った個性が欲しい。鹵水が鹵水でなければならない味へ、これから徐々にやってゆく。
空心菜腐乳空心菜
腐乳空心菜(空心菜の腐乳炒め)
葉はみごとに虫食い。虫食いの野菜や果物が、かえって美味しいと感じるのは、子供の頃におじいちゃんが節約の美徳として虫食いも美味しいと教えたからだと、ずーっと思い込んでいたのだが、もしかしたら本当に美味しいかもしれない。例えば、台湾の東方美人という烏龍茶は、茶葉にウンカという小さな虫がついて、虫食いになった茶葉が、怪我をしたときの人間が白血球を増やして、ばい菌に抵抗するかのごとく、自らを治癒しようと増やした抗体成分が、茶葉に独特の甘い香りをもたらす。・・・ということは、野菜や果物にもそういう反応があってもおかしくない。
蕃茄蛋湯
蕃茄蛋湯(トマトと卵のスープ)
プーアル茶
チベットの音楽
チベット系の店で、CDを買った。
CD一枚に、お経のような歌が延々と1時以上も繰り返すたった一曲が入っている。聞いていると、やがて起きているのか眠っているのかわからないような感覚になる。年代モノのプーアル茶を飲んだ後の感覚に似ている。
味や、飲んだ後の感覚には、それを作った土地の人や、それを求めた土地の人たちの生活にそった機能的なもの、例えば羊肉が主食だったから油を流すプーアル茶が必要とか、それとはまた違ったところの、美意識とか価値観とか世界観も影響していて、それがお茶の美味しさとか、気持ちよさとかを決めていないかな?と思うところがある。
「沈香老散茶50年代」の、伽羅や白檀を想わせる香りが評価されているのは、仏教がベースにあることを感じさせる。そんなわけで、仏教美術が気になりだしている。

葱油面

いつも自転車で通る下町の一角に、間口2メートルほどの小さな葱油面の店がある。人が並んでいるのを見てその存在に気付いた。昼時には道端に出した低いプラスチック椅子とテーブルひとつに、蟻がたかるようにランニングシャツの労働者達がしゃがんで葱油面をすすっている。残念ながら食中毒が怖いのでその店では食べないが、どうしても食べたくなったら茹で鶏の専門店の「振鼎鶏」に行って、そこの葱油面を食べる。これもあんがい美味しい。
こういう庶民の軽食では、うちはぜったいに負けてはならない。それは柔道のオリンピック選手が道で喧嘩に負けるようなものなんだぞと、コックさんを鼓舞しておいた。
葱
葱油
鹵蹄膀
葱を刻んで、中華鍋でたっぷり油を熱して、葱を炒める。香りが出たら醤油(日本の醤油と同じ)、砂糖、胡椒、辣椒粉、水を足して、葱油ソースの出来上がり。
昨日紹介した、漢方スパイスたっぷりの鹵水で煮込んだ蹄膀(豚の腕の付け根)。冷蔵庫に冷やしてあるままを切る。
ヒユナ麺
ヒユナは茹でておいて、さきほど葱油を炒めた中華鍋の残りの油にあえる。火はつかわない。麺は市販の生麺を使った。茹で上がりに冷水でしめる。しかし麺を冷やしてしまってはいけない。暖かい麺に葱油ソースがかかるから、香りが広がるのだ。麺の上にヒユナと鹵蹄膀を盛り付けて、葱油ソースは、食べる人が好きなだけかける。もちろん味を見ながら、少しずつソースを足すのがよい。
葱油面
葱油面
葱油面(ネギ油の麺)
まい!いまう!興奮でタイプミスするほど美味い。これに勝てる葱油面などありえんだろ!口に入れた瞬間の香りと味の広がるスピードが、スープの湯麺とは自転車とロケットくらいにちがう。麺が口に入って、舌の上に接するか接しないかのところで、すでに脳がこれはめちゃくちゃうまいと認識して、唾液を発射する。さらに勢い余って涙腺をも刺激する。それほどに油は美味しさの要素をすばやく運ぶことができる。油でなければいけない料理もある。油が体に悪いから油ひかえめの料理なんぞ、浅はかな知識だ。そんなこという料理人は根性叩きなおしてやるから、ここへ修行に来い!そんなつまらないことで食の楽しみを減らすことはない。消化の森羅万象に油がどのように関係しているかを100%解明されてはいないのだ。僕はそれは待てないから、数千年の人体実験の結果を支持して、今すぐ油の料理を楽しむけれども。
鹵蹄膀は、漢方スパイスの風味でスースーして、肉とゼラチンのこってり感をゼロにするどころか、葱油面全体においても、新鮮な風が吹き込む窓となって、下町の葱油面とはちがうものにした。
黄耆茶樹敕
黄耆茶樹敕髻覆うぎと茶樹擇離后璽廖
下関銷法沱茶90年代
下関銷法沱茶90年代
本日のお茶は「下関銷法沱茶90年代」。 
油の料理には、しっかり熟成した熟茶をたっぷり作っておいて、食べてからすぐに飲めるようにしておく。
下関銷法沱茶90年代は、良いお茶で、われわれは毎日のように飲んでいる。1個250gは、一日5gずつ(1.5〜2リットル分になる)飲んでも、50日分あるのだからなかなか減らない。在庫もたっぷりあるし、しばらく大丈夫だけれど、90年代の熟茶で、この美味しさ、この価格、この熟成の仕上がり具合というのは、めったに見つからないから、お客様はできるだけ早めに、1個よりは2個、2個よりは4個と、できるだけ多いめに確保されたし。年代モノには、数に限りがある。新しく作られる下関銷法沱茶がこれよりも美味しくなるのは、やはり10年以上かかるだろうし、また今の茶葉と、昔の茶葉との違いは、下関銷法沱茶90年代のページに紹介しているとおりだ。
美味しいお茶が入手しにくいというのは、誰よりもわれわれのほうが知っている。

鹵蹄膀土鍋飯

このところの漢方のスープが余っている。
さらに生薬を足したり煮詰めたりして、さながら魔女のスープのごとき怪しさがある。そこへ、茹でて洗った蹄膀(豚の腕の付け根)を放り込み、また煮込む。仕上がったのを適当に切って、炊き込みご飯にする。蹄膀を煮る前に、少しスープをとっておいて、米を炊く水とあわせる。
鹵蹄膀
本当は土鍋で炊くのがよかったが、今回は炊飯器を使った。炊飯器の中の米の上にも、生薬を少し置いて、そのまま炊く。
平行して、青菜(チンゲン菜)と生菜(レタス)を、茹でて、魚露(魚醤)と胡麻油であえて、適当に切っておき、炊き上がったご飯に混ぜて出来上がり。
炊き込みご飯
鹵蹄膀土鍋飯
鹵蹄膀土鍋飯(漢方スパイスの炊き込みご飯)
これがとても不味い。炊き込みご飯だけを食べると、ひとくちで食欲をなくす。ところがどういうわけか、青菜と生菜の魚露と胡麻油あえを混ぜて食べると、不思議と美味しくなる。組み合わせの魔法だ。なんども分けて食べたり合わせて食べたりして、その秘密を解明しようとしたが、わからない。合わせると、それまでにはなかった第三の味が出てくる。コックさんも計算して作ったわけじゃない。咸肉菜飯の作り方を応用しただけなのだ。
咸鶏冬瓜湯
咸鶏冬瓜湯(塩漬け干し鶏肉と冬瓜のスープ)
これもベースに薬膳スープの残りを混ぜている。咸鶏は、冬につくった自家製のもの。干し肉独特の香りが、冬瓜を引き立てる。
七子紅帯青餅プーアル茶
本日のお茶は「七子紅帯青餅プーアル茶」
『日常の思想』 梅原猛著を読んで、お茶のことを考えてみると、やはりお茶は、東洋的なものだ。
七子紅帯青餅プーアル茶
力が沸くような興奮状態になるコーヒーは、生産的な感じがして、仕事に向いている。脱力して頭が空っぽになってしまうお茶は、生産的ではない感じがして、仕事には向いていない。
コーヒーは労働者の飲み物で、お茶は自由人の飲み物なんだ。忙しく働いて、少しでも時間があれば、語学の勉強やスポーツや趣味にはげみ、できるだけ多くの人と交流したり、外国へ旅行したりして経験を積むのが、人として前向きな姿勢で、暇な時間を、なにもしないまま瞑想でもして過ごすのはもったいないと思う人には、コーヒーがよく似合う。
アジアの国々は、工業生産国として経済発展して、労働者的な価値観が主流になっているから、お茶は主流になりにくいな。今、東洋的なものを求めているのは、東洋人ではなくて、西洋人だ。当店は相手にするお客様を考え直したほうがよいかもしれない。

羅漢果銀耳湯

羅漢果で甘いものをつくる。
これまでの羅漢果の料理で、甘さにコクがあったので、きっと甘いものにも良いだろうと考えた。そこで、昔つくっていたけれど、全く売れなくて終了した「薬膳デザートの素材セット」をベースにし、今回はさらに梨を加えることにした。
梨
素材セット
この素材セットも、長い時間かかって調合バランスを整えているので、茘枝(レイシ)や無花果(イチジク)など、甘味や香りが羅漢果に似たところがあるのを差し替えるだけで、完成度の高いものができる。
2時間煮る梨をたす
素材を軽く水洗いして、片手鍋に水を張って弱火で2時間煮る。枸杞(クコ)と梨は、2時間後から投入して10分で火を止め、最後に氷砂糖を入れて甘さを調整する。
羅漢果銀耳湯
羅漢果銀耳湯(羅漢果と白木耳の甘い汁もの)
かりんとう、おばあちゃんの黒砂糖餡の饅頭、そんな味覚を感じさせる。やや渋みやエグ味があるものの、それがお茶の渋みのごとく後味をさっぱりさせて、いくらでも食べられる。
ふと、思い出したが、小さな子供の頃は、なにが美味しいのかよくわからなかった。口にやさしいものが美味しいのであれば、チョコレートやカレーライスやハンバーガーばかり欲しがることになるが、そうならなかったのは、本当によい食べ物を教えてくれる大人がいたからだと思う。たとえば、手作りで採りたてのトマトは、甘味も強いが青臭みも酸味も強く、子供の口には刺激が強くて身が震える。しかし、そのトマトを丸かじりして、「この味こそが本物だ!上等な味なんだ」と美味しそうに食べて見せてくれる大人がいたのだ。大人を真似したいと思うのは、素直な子供心だろう。めざしの炙ったのを食べて、「こういうのは小ぶりでちょっと堅いめがいいんだ。頭からいくんだ。しっかり奥歯で噛んで、にじみ出てくる味がいいんだ。とくに腹のあたりの苦い味はたまらない」と、美味しそうに食べて見せてくれる大人がいた。だから、美味しいものと栄養のあるものとがひとつになるのだ。
このブログを読んでいるちびっこ諸君。お父さんお母さんがハンバーガーで育った人なら、頼ってはいられない。おじいちゃんおばあちゃん、親戚のおじちゃんおばちゃんの中には、誰か一人くらいは味のわかる人がいるはずだ。その人にひと言、こう言えばよい。「本物の味を知りたいんです」。そしたら喜んで本物の味というのを買ってくるか、食べに連れて行ってくれるだろう。さらに、つぎは何にしようか、つぎはいつにしようかと、向こうから言ってくるだろう。そしていつか大人になって、自分にもその番が廻ってくることを願うようになる。
レバニラ炒め<ヒユナのニンニク炒め
猪肝炒韮菜(レバニラ炒め)
蒜泥炒莧菜(ヒユナのニンニク炒め)
北虫草蛋湯
北虫草蛋湯(栽培型冬虫夏草と卵のスープ)
鳳凰金毫沱茶05年
本日のお茶は「鳳凰金毫沱茶05年」
2005年のお茶なので、まだ熟成して変化した美味しさがないけれど、ちびっこ達なら20年も30年も、家で保存して美味しくなるのを待つことができるぞ。

葛根排骨湯

漢方素材は、常温で2年も3年も保存できるものが多いが、仕入れてすぐのは半乾きのがあるので、晴れた日に天日干ししている。なかには、乾くと思いのほか縮んで軽くなるのがある。重量単位で買っているのだから、そこでヤラレタと気付くのだ。
天日干し
今日は「葛根」を使った薬膳スープ。風邪薬で有名な「葛根湯」に調合されている葛根。マメ科のつる性植物の根で、芋の部分をさいの目切りにして干してある。解熱や消炎だけでなく、なぜか酒の二日酔い防止にもはっきりとわかる効果がある。玉竹は、ユリ科の植物の根茎で、肉骨茶(バクテー)にも使用している。
葛根
玉竹
漢方素材は水で軽く洗う。排骨(骨付き豚アバラ肉)は、茹でて洗ってから使う。黒豆、生姜、水で煮る。途中で焼酎を少し入れる。最後に塩で味付け。スープが黒くなったのは黒豆のせい。
葛根排骨湯
葛根排骨湯(葛根と骨付き豚肉のスープ)
クセはないけれど、葛根の出汁にはエグ味がある。それを救ったのは「魚露」。魚醤のことで、福建省やその南の広東やマカオで作られている。ナンプラー(タイ)。ニョクマム(ベトナム)にも似ている。魚露を入れると、深みが出て美味しかった。葛根そのものは、干し芋のような食感。味はとくべつなものではない。
ここにきて、やっぱり漢方素材だけを売るのは難しいと思う。これらを上手に使って美味しくするなど、われわれでも難しい。とくに強い香りや味のある素材は、0.5グラム単位で詰めてゆかないと、美味しくならないのを「十全大補湯」の試作の段階で十分に知ったはずなのに・・・
魚露鹵蛋
地三鮮清炒紫角叶
鹵蛋(煮たまご)
先日の「羅漢果烏骨鶏[保火]」の余ったスープに、香り付けのつもりで川弓(せんきょう)と、茶葉「大益8582七子餅茶06年」を足して、卵を煮た。
地三鮮(ジャガイモ、ピーマン、茄子の炒めもの)
清炒紫角叶(落葵・ツルムラサキの炒めもの)
プーアル茶3種セット
プーアル茶3種セット
本日のお茶は、今月のプーアル茶3種セットにした「83鉄餅プーアル茶」「プーアル方磚茶80年代」「黄印7542七子餅茶」
こうして比べると、漢方薬風味の「プーアル方磚茶80年代」の個性が光って、他の二つを凡庸に感じてしまう。飲み比べの罠だと言いたいが、この3種を組み合わせたのはミスだった。でも、今月いっぱいそのままでゆく。

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