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足摺岬へ

旅をしていた。
つい先日の日本の味が忘れられず、上海に戻ってからの食事が喉を通らない。食べたいものを食べないのは健康によくない。思う存分食べて、この気持ちを静めるしかない。すぐに親戚に連絡して、チケットを手配して、上海から愛媛県の松山へ飛び、日本の旅の続きが始まった。
今回は八幡浜から列車やバスを乗り継いで、内子、下泊、宇和島、御荘、外泊、宿毛、中村、そして最南端の足摺岬へ。いったん八幡浜へ戻ってフェリーで九州の別府に渡り、熊本、阿蘇の黒川温泉、久留米、最後は福岡空港から上海に戻った。
四国の一週間は、人が少ないせいだと思うけれど、いつもとは違う世界に入っていた。その入り口の門をくぐったのは、行きは松山空港から八幡浜行きの高速バスだったろうか、車窓からの景色が、緑に支配されるようになり、二人だった乗客は途中から自分ひとりになる。八幡浜の商店街はがらんとして、動く人がいないので、時間が止まっているように見える。もう10年も前から止まっていそうな雰囲気がある。内子の街道を歩いていると、見ず知らずの子供がすれ違いざまに「こんにちは!」というので、後ろを振り返って見ると誰もいない。人が少ないから、行くところ行くところで、ひとりずつ対面するような感じになる。どこへ行っても人が多すぎて、むしろ人が居ないかのように振舞わないとやっていられない上海とは、大きく違う世界。
ある宿での夕食は、八十八箇所めぐりお遍路のおじいちゃんと二人だけだった。おじいちゃんは糖尿病になってから登山をはじめ、毎日12キロを歩き、昨年はキリマンジャロを登ったが、それはあくまで毎日酒を飲むための運動。飲める相手を見つけると、ポケットからワンカップ黒霧島を出す。九州の人だった。
鰻の貿易業なのにヤクザに見える親分は、子分を連れて石鯛釣りに来ていた。ややこしい客に相応しい金を釣宿に落とすように遊び、どんなに酒を飲んでも気持ちのいい話だけをして、他の客には細心の心配りをする。昔の男の作法という感じだった。
その他にも、路線バスやタクシーの運転手さん、民宿の夫婦、釣り船の船長、そうめん流しのおばあちゃん、割烹料理屋の主人、13年ぶりに尋ねた親戚など、少しの会話を交わすだけで、その人たちの生き様が見えるような気がした。
みんなひかえめな人たちで、こちらから何も言わなければそっとしておいてくれるが、ひとこと、「美味しい料理を求めて、旅をしに来ました」と言うと、快くもてなしてくれる。
宇和島
下泊
石垣
ホゴホゴ
ホゴホゴ
ホゴ
まぜごはんフカ
ウニウニ
はらんぼさつま汁
メジカ焼酎
足摺岬
はっと丸土佐清水の鯖
馬刺し土佐鶴
トマトそば
四万十川
薬師谷渓谷のそうめん
八幡浜港
上海にいると、日本にいるよりも日本の経済はもっと大きく変化する。今の自分にとっては、日本の田舎が海外旅行でもっとも値打ちのあるところとなった。過疎化のすすむところはとくに、回収の見込みのない公共投資で道路は綺麗だし、赤字路線のバスや列車はほぼ貸しきりで走る。町営の温泉施設は50億円で建設され、毎年1億円の赤字なのに、一回500円で利用できる。大きな露天風呂にひとりで浸かって太平洋を見下ろす。
素人の目からみても、漁業はどこかおかしいことになっている。例えば、天然の鯛一匹が市場で1000円で売られていても、それにかかるコストの漁港や市場や漁協の施設、船や網などの設備、燃料や釣餌や氷、漁師さんの人件費などをすべて合わせると、どう見ても1000円で済むはずがない。天然の鯛一匹に2000円ほどかかったとして、差額の1000円は税金で補助されているのだろうか?もしも中国で同じクオリティーの天然の鯛が売られたら、それは間違いなくコストに見合った2000円の値がつくだろう。だから、外国からの旅人にとっては都合がよい。日本人の心のゆきとどいた上等なものが、安く食べられるのだ。
印象に残った料理は数あるが、いちいち写真を撮っていないし、メモもしなかったから、すべてを覚えていない。思い出せる範囲で、いくつか書いておく。
八幡浜の大島で釣られたホゴ(カサゴ)は、25センチ〜30センチの良型が5匹ほどあった。おばあちゃんが刺身と煮付けにしてくれた。ホゴは鰭や頭の棘が鋭くて、捌くときに手に刺さる。でも刺身は味の濃い白身で旨い。酒は辛口でないと歯が立たない。新鮮だから、煮付けには生姜を使わない。肝もいっしょに煮て食べたが、これが絶妙。煮付けの骨を碗にとっておいて、熱い煎茶を注いでその出汁を飲んだ。
メジカはカツオのことで、上り鰹の小さいのをしっかり焼いて、麦味噌と生姜で食べる。これがもう、これこそが焼き魚の味であるという焼き魚の味をしている。
このあたりのウニは解禁直後で、瓶詰めの作りたてを食べたが、叔父が言うには、1年経ったくらいのほうが、アルコールがまろやかになって旨いらしい。生も食べてみたが、酒の肴には瓶詰めがいい。
さつま汁を作ろうとして、はらんぼと呼ぶ魚(イシモチの一種のほたるじゃこで、宇和島名物のじゃこ天の原料)を焼いて、中骨を外してすり鉢で擂って、麦味噌とあわせて用意していたけれど、あれこれ食べているうちに食べるのを忘れた。じゃこ天は八幡浜の二ノ宮てんぷら店のもので、それはまぜご飯で食べた。
八幡浜漁港の市場でフカ(鮫)の湯引きと鱧の落としを買ってきて食べ比べた。フカも鱧には負けない美味しさがある。70センチほどのフカを湯引きにするには、それが姿のまま浸かるほどの大鍋が必要で、しかも鮫の皮をたわしで擦って落とす作業がたいへん。なので最近の家庭ではつくらない。おなじく漁港の市場で買ったマエビと呼ばれる小えびはかき揚げに。店の人が言ったとおり、本物の蝦の味がした。
宇和島の薬師谷渓谷そうめん流しは、老人会が運営していて、おばあちゃんたちが、椎茸や煮干から出汁をとったツユと手打ちそうめんでもてなす。薬味は刻んだ紫蘇が良かった。冷たい山水でひきしまったツルツルの麺。どれだけ食べても600円。ここでも客は自分ひとり。
八幡浜からバスで40分の下泊の近くの民宿「Seasideうわかい」は、山が抱きかかえるような湾の奥にある。雨続きでたまたまかもしれないが、ここも泊り客は自分ひとり。若い主人の魚料理はいろいろあって楽しい。アジ、グレ、ホゴの刺身。カルパッチョもよかったけれど、ホゴ(カサゴ)をさっと丸揚げにしてトマトソースをかけたのがすごかった。煮付けにすると頭の太い骨のゼラチン質のところが溶けてしまうが、丸上げのはそのまま骨の周りに透明のそれが残っている。筏で自分が釣った魚も料理してくれて、カワハギは煮付けに。キスは開いて一夜干しに。これがまた火の通り具合や味付けが絶妙だった。「ここは魚しかないもんで・・・」と主人は謙虚だが、どんなにお金を出したって、こんな上等な魚料理は中国では食べられない。
足摺岬の民宿は、路線バスの運転手さんに美味しい魚ならここしかない!と教えてもらったところ。その宿の釣船「はっと丸」の船長は、映画の釣りバカ日誌にも出演したらしい。自ら釣ったり仲間から仕入れた魚は日によって違うが、上等なのは土佐清水の鯖。この鯖の刺身はすごい。速い流れを泳ぐ脂の落ちた身は、刺身包丁が通らないくらいモチモチ。そして甘い。むちゃくちゃ甘い。これを焼いたのは身がフカフカしてやわらかく、鯖じゃないみたいだった。
宇和島の消防所のそばの割烹料理屋は、従兄弟に教えてもらって行ってみた。そこの塩辛は衝撃的だった。これについては別の記事に詳しく書くことにする。昼に中村の寿司屋で四万十川の天然鰻を食べたところだったが、大将は天然鰻にはちょっとこだわってますというので、白焼きにしてもらった。これも見事だった。
熊本の馬刺しは、牧場直営店のを叔父さんが自転車で3時間かけて買ってきてくれた。生姜醤油をちょっとつけて食べる。肉や血の臭いが全くしない。旨味が濃いのに後味はさっぱり。箸が止まらない。叔父さんはそれを見て嬉しそうで、焼酎が止まらない。ストレートで五臓六腑を刺激する九州男児の飲み方だった。馬刺しを食べきらないうちに、天草から釣りたての大きな鯛2匹の差し入れがあって、刺身で食べたが食べきれない。残りをだし醤油漬けにして、ご飯にのせて熱い煎茶を注いで蓋をしてちょっと蒸らして食べた。鯛の身の表面は白くなった半生になる。こちらではこれを「鯛めし」と呼ぶ。だし醤油に生卵を溶いてもよい。もちろん鯛の煮付けは頭を食べた。骨は碗にとっておいて煎茶を注いで飲んだ。おばちゃんが庭で野菜を完全有機栽培していて、トマトが濃い。これで焼酎が飲める。
あちこちで日本酒や焼酎を飲んだけれど、冷えた土佐鶴の生酒300mlと鯵鮨をスーパーで買っておいて、足摺岬を眺めるところで飲んだ。これがいちばん美味しい酒だった。
上海に戻ってこの文章を書いていると、もっと知らないところの日本の味を試したくなった。消化のためのプーアール茶と、酔い止めのための田七人参を持って、また日本を旅したい。題して、「店長、日本を食べる!」。この企画にスポンサーつかないかな。時間はあるんだけれど・・・・・

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