プーアール茶.com

文章の手入れ中

まだしばらくはブログを休みがちになる。
プーアール茶.comの文章を手入れしていて、それに集中したい。1ヶ月間ほどかかりそう。もちろんお店は営業中。
歴史には、プーアール茶の味を大きく変えた動きが3回ある。その年輪が刻まれたような茶葉をいくつも扱っているのに、それが各お茶のページでうまく説明されていない。
雲南の茶葉は、紀元前から山岳民族が健康や薬用につかっていたとされ、唐の時代(600年頃)から、わずかながら交易された記録もあるが、お茶の愉しみのための「お茶」として、中国全土や海外へ広まったのは、多くの漢民族が雲南の僻地に移住した1600年頃からとされている。また、微生物の発酵のかかわった形跡のあるのもこの頃で、現在ある姿のプーアル茶はそこから始まったとすると、およそ400年の歴史となる。そして、今日までにその歴史が大きく動いたことが3回あった。
1.1940年代後半
  第二次世界大戦後の、雲南のお茶の取引の国営化。
2.1970年代前後
  大躍進と文化大革命の、伝統文化の破壊と農業の協同組合化。
3.1990年代後半
  自由経済の流れで、雲南のお茶の取引の民営化。
それらの背景で、プーアル茶の味は大きく変化している。茶葉が変わり、作り方が変わり、人々の嗜好が変わりして、年代モノのプーアル茶にはその跡が残っていて面白い。それを知ったら、お茶がひと味ちがってくると思う。
真淳雅號1995年
(写真は、易武正山の「號級」の再現「真淳雅號1995年」)
一方で、コックさんはいろいろ試している。ブログで料理を見せなくてよいので、よろこんで失敗しながら学んでいる。その成果もまたブログで発表できると思う。

ひとりで楽しむプーアル茶

ここしばらく腰痛の具合がわるいため、鍼灸の先生に何度か来てもらって、針を打って、痛みは治まったが、まだ飛行機のイスに長く座るのが怖くて、旅に出れない。家にひきこもりがちになって、ひとりでお茶を飲んだり、読書しながらゴロゴロする時間が増えた。それにしても、ひとりで飲むお茶はなんとも味わい深い。お茶の飲み方としては、いちばん上等かと思う。
おもてなしのお茶というわけでもないプーアール茶は、きまった作法がないし、茶器も適当に使いやすいのでいいし、ひとりでお茶をするのに都合が良い。
誰かにお茶をすすめる必要がないと、かえって贅沢な茶葉に手が伸びる。当店が扱っているような、茶葉の形がそのまま残っているようなのは、淹れるのにちょっと手間がかかるし、いつも思ったようには淹れられないけれど、それに慣れてくると、手の動作に集中しながらも、むしろ意識は開放されてゆくことに気が付く。湯気の立つところや、茶の色の美しさを見ながら、ものごとを考えたり、なにも考えなかったり、人の声を聞いたり、自分の声を聞いたり、なにも聞かなかったりして、意識は自由にくつろいでいる。頭も体も気持ちよくなる年代モノのプーアル茶の効能も手伝って、不思議な状態がしばらくつづく。
そこで意識して、仕事や生活の懸案事項について考えてみるのは、下手なことで、そんなことをしたとたんに、あっちのほうで自由にしていた意識がこっちに戻ってきてしまい、いつもと同じ緊張にとらわれる。
ひとりでプーアル茶
(写真はガラスの茶壷だが、ひとりで蓋碗を使うことが多い。)
そんなことから、今週の週替わり10月21日までに「ひとりで楽しむプーアル茶3種のセット」を用意した。上の写真のお茶は、セットには入れていない「後期紅印鉄餅プーアル茶」で、これもひとりで飲むことが多い。倉庫での熟成の攻め具合がギリギリで、甘味が強いが発酵臭にクセがあって、それも1年以上置くことで落ち着いて、もとの強いお茶の風味がグッと出てきて、そのバランスの三角形の頂点に、薬っぽい香りが生まれて、独特な風味になっている。これこそが下関茶廠(メーカー)の老茶のものではないかと、他人に飲ませたときには説明せずにはいれないし、どう感じているかと気になってしょうがないから、そう考えただけで疲れてしまって、ひとりで飲みたいわけだ。
ところで、最近読んだ小説で、川端康成の「古都」がすごかった。睡眠薬中毒状態で書いて、書き上げてから倒れて入院したと、著者のあとがきにあるけれど、たしかに、いろんなことがはっきり説明されないで、わからないままになって、ところどころつじつまが合わないような感じもする。それがかえって、よくわからない力を感じるピカソの絵みたいな、むずむずする印象を残す。きっちりまとめてある他の小説とは異質な感じがした。しかし、現実の世界もどちらかというと、いろんなことがわからないままで、つじつまが合わないことがあるのだし、まあ、そんなもんかとお茶を飲んで忘れて、つぎの本にすすむことにした。

天字沱茶90年代初期プーアル茶

コックさんが里帰り中のため、今日はお茶の話でも。
お店のページで報告しているように、天字沱茶90年代初期プーアル茶が売り切れとなった。まだ少しはサンプル茶葉を残してあるので、 「プーアール茶入門6種セット」「週替わりプーアール茶3種セット」では提供するが、とにかく1個単位での販売は終了した。
すばらしいプーアル茶であった。
このお茶は本当にすばらしいですよ!と、販売中に言うのは、下手な宣伝文句になって、お茶に安っぽいイメージがつきかねないので、売り切れた今となってから、遠慮なく言わせてもらう。ここから先は、よほど興味のある人と、これを購入したお客様だけが楽しめる世界である。
天字沱茶90年代初期プーアル茶
当店の入手したものが、たまたまいろんな条件が重なってそうなった可能性もあるが、それにしても、それ以上ないところまで熟成しきった茶葉には、作った人の意志を感じるのだ。今はなき香港の茶商、南天公司の創設者の周氏は、茶商でありながら、タイに私設工場を作ったり、熟茶の製造技術ができて間もない頃の雲南のメーカー昆明茶廠や孟海茶廠に通って、研究を重ねてきた。その周氏が「茶葉はどこまで変化できるか?」というテーマにたどりつき、天字沱茶でそれを試したのではないかと、勝手に推測するのだが、そう思わせるに十分な痕跡が茶葉にはある。短期間に強く熟成させるために、いろいろ細工されたプーアル茶は数あって、そんなお茶にはどれも茶葉が傷んでしまったような風味が多少はあるが、天字沱茶90年代初期プーアル茶の熟成には、まったくそんなところがない。飲めば分かる。
天字沱茶90年代初期プーアル茶
まず茶葉を手にとって鼻に近づけても香りがしない。目隠しをしたら、それが茶葉とは気付かないだろう。香りの成分までもが変化したのだろうか。茶葉を崩したときにも、その違いに気付く人があるはずだ。他の固形のプーアル茶なら、相当な年代モノであっても、崩すときに茶葉の繊維の弾力を多少なりとも感じるのであるが、この天字沱茶は、茶葉の形がキレイにあっても、まるでクッキーでも崩すかのように、ボロッともろく崩れる。質そのものが変化している。
天字沱茶90年代初期プーアル茶
蓋碗に入れて煎じてみる。
じわりと赤黒い色が滲み出る。透明感があって、透かして見るとさらに赤味が強く映る。2煎、3煎、4煎と進めていっても、味や香りの調子はほとんど変わらない。茶葉の表面あたりも内部のあたりも、くまなく熟成して、むらがなくなっている様子。しかし退屈はしない。口に含んでから喉元をとおり、腹の底に沈んで、気のようなものが頭の上まで昇ってくる一連の口感と体感は、砂浜に押し寄せる波のように頭を空っぽにしてゆく。この感覚は、上質な生茶の50年モノにも劣らない。味は、もはや茶ではない。低いところからくる苦味は、コーヒーかカカオのものである。穀物のようなやさしい甘味がその苦味を引き立て、シナモンのような薬香が鼻に抜ける。そして、口に残るミントの涼しさが、すべてをいったんリセットして、後味を濁さない。背後にかすかな塩の味を感じるためか、菓子などをあてにせずとも、ひたすらお茶だけでいける。
天字沱茶90年代初期プーアル茶
どんな分野の商品にも、多くの人に認められることの少ない、いちばん端っこのポジションというのがある。天字沱茶はまさにそこのポジションを取りに行ったのではないかと思う。その心意気を尊敬している。

7542七子餅茶の熟成の比較

週替わりプーアール茶3種セット 8月19日〜8月26日の3種の茶葉の比較レポート。いつもよりは長文になり、写真もあるため、このブログの記事にした。
今回は、7542七子餅茶という銘柄の”熟成”の違いに注目する。7542七子餅茶という銘柄は、生茶のプーアル茶の中で最もロングセラーの銘柄で、1975年前後の実験的な製品からはじまって、現在まで毎年作られている。1990年代までは、当時プーアル茶を輸出する権利のあった国営の貿易会社「中国土産畜産進出口公司雲南省茶葉分公司」が包み紙に印刷されているだけで、「7542」とはどこにも書いていないが、プロであれば茶葉を見るとだいたいわかる。現在は茶葉の取引が自由化されているため、包み紙の印刷には、孟海茶廠(メーカー)の自社ブランド名の「大益・7542」と印刷されている。
7542七子餅茶80年代
「7542」の「4」は、この餅茶(円盤型に固められた固形茶)に使用される等級の異なる茶葉の配置を表す番号で、餅茶の表面には細かい茶葉、裏面には粗い茶葉が配置される。他に「7532」などがある。簡単に言うと、「7542」の茶葉は「7532」よりも少し大きい。実際には茶葉の収穫時期や、茶山の違いや、圧延された圧力の違いなど、様々な要因が味を変えるが、少しの違いはあっても、ベースの味は大きく変わらない。しかし、長期保存された倉庫の環境の違いは、熟成の具合を左右し、味のベースを揺るがすほどになることがある。
今回は、その違いを見るのにちょうど良い、それ以上に強く熟成してしまうとダメになったであろう絶妙のバランスの茶葉「7542七子餅茶80年代」(未発売)を、上海のコレクターから入手できた。
7542七子餅茶80年代7542七子餅茶80年代
左: 7542七子餅茶80年代 表面
右: 7542七子餅茶80年代 裏面
これと比較するとちょうどわかりやすい2種の7542七子餅茶の茶葉を組み合わせて、3種のお試し茶葉とした。
この3種を試し、味の記憶をつくっておくと、プーアル茶選びをするときの基準にできる。有名銘柄のプーアル茶の中では比較的入手が容易で、サンプル数の多い7542七子餅茶については、その経験を積む価値がある。
7542七子餅茶の熟成の比較
左: 7542七子餅茶80年 熟成強い
中: 7542七子餅茶91年 熟成やや強い
右: 黄印7542七子餅茶 熟成弱い
7542七子餅茶80年代は、過去に販売した7542七子餅茶80年代中期とは別のもので、もっと熟成が強い。7542七子餅茶91年は、これまで1枚モノの販売はしていないが、崩した茶葉を「プーアール茶入門6種セット」(2007年8月現在) に組入れたり、他のお茶の紹介ページ、例えば「大益7542七子餅茶06年」「7542七子餅茶99年無内飛」のページに、比較のための茶葉として登場している。
7542七子餅茶80年代黄印7542七子餅茶
左: 7542七子餅茶80年
右: 黄印7542七子餅茶
餅茶の表面のほうの内飛(茶葉に埋め込まれた「茶」の字の印刷のある紙)の付近の茶葉を撮影した写真。左の7542七子餅茶80年の茶葉には、白っぽく成分が浮き出た跡(白露)がある。右の黄印7542七子餅茶にはそれがない。7542七子餅茶80年のほうは、この数年は常温の乾燥した室内に置かれているが、それでも茶葉を鼻に近づけると、ほんのかすかな倉庫臭がまだ残っている。黴臭いと思う人もいるかもしれないが、黴臭さにもいろいろあって、この場合は質の悪い臭いではない。黄印7542七子餅茶のほうは、比較的乾燥した倉庫に長期保存されていた。当店で室内の乾燥した環境で保存して2年経つ。茶葉を鼻に近づけても、ほんのかすかな茶葉の香りがするだけで、黴を連想するようなことは一切無い。
7542七子餅茶の熟成の比較
7542七子餅茶の熟成の比較7542七子餅茶の熟成の比較
煎じることで、その差はより明確になる。
それぞれ4gと計量した茶葉に湯を注いでいる。色の違いは明確。7542七子餅茶80年のほうは、赤味の強い暗い色となっている。黄印7542七子餅茶のほうはオレンジ色で明るい。味の差も色の差ほどにあるが、それは実際に試して感じ取って欲しい。7542七子餅茶80年のほうは、穀物のような厚みのある風味。黄印7542七子餅茶のほうは、花のような軽やかな風味。どちらかにはある風味が、どちらかには無い。黄印7542七子餅茶をこのまま常温の室内の乾燥した環境で長期保存しても、厚みのある穀物の風味を持つことは無いだろう。つまり、穀物のような風味は、湿度のある程度高い環境での長期保存の熟成によるものだということ。当店ではどちらかの風味をひいきすることはないが、個人的には穀物系のほうが好きである。バランスの妙があるためだ。
この2つでは、製造年に5年〜8年ほどの差があるかもしれないため、味の差の原因が、倉庫の保存環境ではなく保存年数の差ではないか?と疑う余地がある。そのため、もう一種のサンプルの、7542七子餅茶91年と黄印7542七子餅茶を比べる。年数の差はほとんど無いと言える。
7542七子餅茶の熟成の比較
左: 7542七子餅茶91年
右: 黄印7542七子餅茶
7542七子餅茶91年のほうが赤味の強い色となっている。7542七子餅茶80年と黄印7542七子餅茶のちょうど中間くらい。風味は、様々な味や香りから構成されているから、どんな味や香りが中間くらいであり、どんな味や香りが”0”か”1”しかなくなるのかを、実際に試して経験されたし。唇の先から、喉の奥、お腹の底まで、全体で味を感じるべし。
余談になるが、7542七子餅茶は、それよりも茶葉の小さめの7532七子餅茶に比べて、強く熟成させても美味しく仕上がりやすい。つまり、保存環境の差によって楽しめる味のレンジが広い。7542では美味しく仕上がっていた強い熟成が、まったく同じ倉庫の環境で熟成された7532では不味くなることがある。茶葉の大きさによって、圧延されたときの茶葉と茶葉の隙間の具合が微妙に違い、それが長期保存熟成に影響する。7532七子餅茶は茶葉の隙間が狭いため、空気の通りが悪くなり、湿気にやや弱い。酸素を必要とする微生物(お茶を美味しくする微生物)の働きが弱ったり、酸素のないところで起こる成分変化などが影響しているらしい。この比較については、またの機会にお試しを用意しようと思う。

自家製倉庫で眠るプーアル茶

自家製倉庫に第一号のプーアール茶が倉入りした。
プーアール茶の熟成と保存環境の美味しい関係を、いろいろ実験してきて、ほぼこれでいけるといういくつかのパターンを見つけたので、いよいよ本番となる。
倉庫といっても、板張りの箱に保温機能が付いているだけなのだが、温度と湿度と通気性を、だいたい思うように調整できる。いまのところ3つで約200kg分ほどの茶葉が保存できる。お茶を入れる前に、アルコールで殺菌して、さらにチベットのお香を焚いて燻して清めた。
自家製倉庫
まず倉入りしたのは熟茶の「鳳凰沱茶2006年」20kg分ほど。おまじないのために、茶商の本格的な倉庫で熟成された熟茶の「厚紙黄印七子餅茶プーアル茶」1枚をいっしょに入れておく。倉庫の湿度は低いめで、茶商の乾倉と似ている。本格的な湿度のある倉庫のような強い発酵はしない。
倉庫の話は以下のページを参照されたし。
「茶商の倉庫がプーアール茶の味をつくる」
同じ「鳳凰沱茶2006年」少量を倉庫に入れずに、部屋の棚に置いておき、その差を味比べできるように準備した。熟茶の次は生茶の熟成に挑戦して、それがうまくいくようになったら、当店は小売店から茶商に昇格する。はず。
これには差し迫った問題もある。当店の特徴を出すために選んでいる倉庫熟成の良いプーアール茶の入手が、年々難しくなっている。中国大陸の経済成長によって、いままでプーアール茶の味を知らない上海や北京をはじめとする都市部の人々が買い求めるようになって、需要が急拡大した。業者としては倉庫での熟成がされていないプーアール茶のほうが、経費も時間もかからないし、熟成の良し悪しを見分ける訓練も要らないし、見た目は、汚れていなくて美しいので、売りやすい。いろいろ理由をつけては倉庫で熟成する仕事を批判して、新しいお茶を右から左への商売にまい進している。最近はメーカーもその傾向に応えて、熟成しなくても美味しいプーアール茶を出すようになった。生茶で熟成しなくて美味しいというのは、新しいタイプの茶葉であるか、新芽のところだけを選りすぐったものであるか、いずれにしても今までには好まれなかったものだ。また、新しいメーカーのプーアール茶は、香港などの熟成技術のある老舗の茶商の倉庫には入れてもらえないので、新しい茶葉をそのまま売ってくれる業者のほうが都合が良い。1年ほど前だったか、豚小屋にプーアール茶が置かれて下水がかけられていた不可解な事件が、特別なニュースになったのも、そういう利害関係が背後に絡んでいると見ている。
もちろん熟成の味を知るファンも少しずつ増えてはいるが、やはり少数派で、古い茶商は倉庫を新しく増やすまでもない。これまでに在庫している古い茶葉をじわじわ売ればいいという態度が見受けられる。そのようなわけで、倉庫熟成の味が美味しいと思っている当店としては、仕入れができなくなる前に、自前で倉庫が欲しかったのだ。香港や広東の倉庫を間借りすることも選択肢として考えたが、管理面で心配なのと、独自にもっといい技術を発見できると思うので、とりあえずは上海から始めることにした。

男のお茶プーアル茶

当店のプーアル茶は男のお茶と言える。
実際に、お客様の65%が男性。さらに単価3万円以上の茶葉は90%が男性となる。
お酒ではウィスキーやブランデーもそうではないかと思うが、どこか共通するものがある。他の中国茶のような華やかさはないし、地味な動作でさっさと淹れて黙って飲むのがいい。独りで飲むのもいいし、味のわかりそうな相手がいたら淹れてみてもいい。
ウイスキーとプーアル茶
ウィスキーをストレートで飲むような人ならきっとわかるものがあるから、肝臓を休める日には、30年モノあたりの古い味のプーアル茶をお勧めしたい。
ウイスキーとプーアル茶
ウィスキーの好きな人には古いプーアル茶
ちょっと濃いめに淹れた熱いやつをぐっと飲んで、それが腹に収まり温かいものが広がって地面に沈むあたりから、ウィスキーと同じような世界が楽しめると思う。
本日のお茶「文革磚70年代末のを崩した散茶」
茶器は是非とも地味なやつを使って欲しい「蓋碗のススメ」

朝の空気とプーアル茶

朝の冷たい空気で飲むプーアル茶が美味い。
最近6時半ごろに目が覚めて、パジャマのままもぞもぞと窓を開けて、湯を沸かして、香を焚いて、茶葉を選ぶ。
朝の空気のプーアル茶
ビジネスマンなら朝はコーヒーで、一日の行動予定を立てたり、考え事をするのかもしれないが、自分はビジネスマンじゃないから、何も考えずにお茶を味わうだけでいい。
朝の空気とプーアル茶
これがむちゃくちゃ気持ちいい。お茶が格別に美味い。こんど友達が上海に遊びに来たら、朝6時半に起こして早朝茶会をしたい。できたらお客さんにももそうしてもらいたい。
朝の空気のプーアル茶
かるく点心を用意してもいいし、パジャマのまま外に出て近所の小龍包を食べに行ってもいい。葱餅もあるし、咸豆腐という手もある。パジャマ姿で外を歩いている人はちらほらいるので、目立つことは無い。といいながらそれは恥ずかしくてできないから、まだ日本人を失っていない。
本日のお茶「荷香老散茶60年代プーアル茶」
寝起きの口には、まろやかなお茶がいい。

ガマの肉は苦いらしい

この数日プーアール茶の写真を撮って、文章を書いて、静かに過ごした。連休でスタッフもコックさんも休みになり、ひとりで仕事をしたので静かになれた。茶葉の声はあまりにも小さいので、静かにならないと聞き取れない。そういえば、お茶の味のわかる人にやかましい人は少ない。関係ないかな・・・
連休中の上海の空
ところで、広東省ではガマガエルの鍋がひそかに流行っていて、実は前回広州に行ったときに誘われたが、そこまで冒険したくないので断った。ガマガエルは薬になることはあっても、食用にはならないというのが常識。後日、広東省が食べる習慣のないゲテモノを食べないようにと通告したことが新聞に報道されていた。
食用のカエルなら他に何種類もあるのに、なぜガマガエルなのか?と聞くと、ガマの肉には特別な苦味があるらしいのだ。その苦味はきっと美味しいと不味いの紙一重のところにあるに違いない。人によっては美味しいし、人によっては不味い。でも、「苦い肉」と聞けば、自分はそれをどう感じるか、試してみたい気持ちがわからなくもない。それは、ガマの肉の味を知るためというよりは、自分の味覚を確かめてみることなのだ。人は自分に最も関心があるから、味の探求は、自分を知るための行為でもあって、人間の根本的な欲求に触れることなのかもしれない。
広東の人は地龍(ミミズ)だって食べる。ゲテモノ食いでは中国一だと思うが、「食在広州」(食は広州にあり)の言葉があるように、美食を求める人の数も中国一と思われる。
厚紙7532七子餅茶(プーアル茶)
さて、話は長くなったが、プーアール茶はもともと中国大陸の山岳民族などの間で、栄養摂取の目的で飲まれていた。生活必需品レベルのものだったのを、何十年モノの古い味や、倉で熟成する技術を研究するなどして、嗜好品のレベルに昇華させたのは広東やその隣の香港の人たちである。現在最も多くのプーアール茶が消費されている地域であり、味を探求する人たちの多いところなのだ。
高級なお茶ほどに、苦味や薬味なんかが美味しいと評価されたりする。熟成の試行錯誤の跡が味に残っていることに価値を感じるお茶もある。
「プーアール茶.com」

二日酔いの朝にプーアール茶

朝にプーアル茶を飲むのは、二日酔いのとき。
気持ち悪い胃をスキーッとさせてくれる。
東京から来た友人は酒が強くて、昨晩はだいぶんいってしまった。新彊料理の羊肉と卵トマト麺が美味すぎて、気がつけば黒ビールが10本くらい空いていた。
朝のプーアル茶
その後にBARを2軒ほどはしごして、最後にコットンクラブのJAZZ。たまに歌いに来るお酒で顔が赤い小さな女性ボーカルがすばらしかった。たった2曲しか歌わなかったがそれで十分。危うく涙しそうになった。あれは歌というよりは、神様にささげる祈りのようだった。特別な人だけに許されているなにかがあった。芸術家はすごい。自分みたいな凡人がなんぼのもんじゃいと、なぜか反省した。たまには反省もいい。世界は広い。
今夜もだいぶん飲むのだろうな。
アルコールを分解する作用のある漢方を飲んでおくつもりだ。

<< | 2/2PAGES |

美味しいプーアル茶

新しいお茶のブログ

search this site.

selected entries

categories

archives

recent trackback

老人と海
老人と海 (JUGEMレビュー »)
ヘミングウェイ, 福田 恒存
茶の本
茶の本 (JUGEMレビュー »)
岡倉 覚三, 村岡 博

links

profile

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM